2004年10月23日


その時わたしは、会社の広い駐車場で試乗車の鍵をチェックしていた。
5つの鍵が入った赤い缶を持って、
銀のミニバンのドアを開けようとしていた。
新型のそれはドアのスイッチを押せば施錠できる。
その瞬間。
揺れ。
地面がぐらりと揺れて、わたしは思わず車に寄りかかる。
わたしの立っていた場所の近くには、高さ5・6メートルはあろう看板があって、
太い2本の柱で支えられたそれが倒れるんじゃないかと、
身体を動かした瞬間、パッと辺りが暗くなった。
看板の灯り、社屋の灯り、街灯の灯り、信号の灯り。
暗くなった社屋からは社員が一斉に飛び出してきて、
姫もいくちゃんも泣いていた。
島田くんの姿は見えなかった。
わたしは残りの車の鍵をチェックして、鍵の缶を戻しに社屋へ。
『ショールームのガラスが割れたって!』
『パソコンのディスプレイが落ちた!』
みんなが騒いでいた。
『また揺れるかもしれないから外にいよう』
と誰かが言い、みんなで外に移動した。
父から電話。
『大丈夫か?』
『うん』
『テレビ観てたらすごそうだから』
『え、パパさんどこにいるの?』
『ナガノのインターのそば』
『は?』
『あのウヨクが泊まったとか言ってたホテルだよ』
『えぇ、ナガノにいるの??』
『そう』
わたしがその話題に喰い付いたのは、
父の居場所がけんけんの住む街だったからだ。
電話を切ると、携帯の充電が切れそうだった。
その時目の前を古いハッチバックが通り過ぎた。
運転手は島田くん。
無事だったんだ。
閉店前のあの時間、島田くんたちは納車に出かける。
ちょうど納車途中で、地震に見舞われたようだった。
『携帯の充電切れそうだから充電してくるね』
滝沢さんにそう言って、柵の向こうの駐車場へ。
車内用の充電器はこういうときに役に立つ。
充電しながら弟と連絡を取って、無事を確認。
すると島田くんがやってきた。
『無事でよかった』
お互い様だ。
向こうから姫の叫び声が聞こえた。
『また揺れたな』
『うん、そうみたいね』
群れから離れて、二人、まっくらな駐車場で。
不謹慎かも知れないけど、それはまるで、生き残った二人みたいだった。
全てがなくなって、わたしと彼だけ。
群れへ戻り、島田くんは家族との連絡を試みた。
わたしはわたしで、揺れがニュースで伝えられるたびに心配して電話を寄越す父の相手をしていた。
荷物を取りに社屋へと入る。
事務所は見事に、めちゃくちゃだった。
本社のひと曰く、2階のパソコンのディスプレイは全て落下したらしい。
事務所の警報機がかすかに鳴っていた。
真っ暗な中で、警報機に書かれた文字を読んでいく。
志田主任がやってきて、携帯のライトで照らしてくれた。
『これって、火災報知器じゃない?』
『どっかで火事になってるのかな』
その時、またも大きな揺れがやってきた。
しゃがんで、頼りないカウンターの下で小さくなる。
『外に出よう』
揺れが弱まった瞬間に、わたしたちは外に走り出した。
その頃には、震源が小千谷の方だと分かっていた。
統率者のいない会社では、徐々にみんな帰って行った。
『帰ろうか』
島田くんと駐車場へ。
『妹とは連絡取れたよ』
『良かったね』
『俺んちの方、結構すごいことになってるらしい』
『嘘、帰れるの?』
『親父とかぁちゃんと連絡付かないからよくわかんないんだけど』
『携帯通じない?』
『うん。車置いてったほうがいいかなぁ』
水害のときに、家の前に車が止められなくて困ったからだ。
『じゃぁ送っていくよ』
で、島田くんを送っていくことにした。
道はすこぶる混んでいた。
いつも通り国道を走ると、渋滞の先は通行止めだった。
地震で橋に段差が出来たらしい。
前ならえでUターンして、真っ暗な裏道を通って帰った。
島田くんちに到着。
家の中から、何かが流れ出している。
泥?
『何、コレ』
そうつぶやいて車に目をやると、
おかぁさんの軽自動車に島田家が詰まっていた。
おかぁさん・おばぁちゃん・それから妹が二人。
『・・・あ、ゴメン』
思わず謝っていた。
軽自動車は4人乗り。
これじゃ島田くんが乗り込む場所なんてない。
『いいよいいよ。あずみも気をつけてね』
『ホンットごめん。自分の車で帰って来ればよかったね』
『いいってば』
島田家のみんなに会釈して、家へ。
おそらく、島田くんたちは家に入れないだろう。
車中泊。
島田くんちがあんな被害を受けているのだから。
でも弟は大丈夫だって言ってたし。
わずかな不安を抱きながら、家へ。
恐ろしいくらいに平和だった。
一時の停電のみで、わたしが帰宅したときには電気もついていたし、
水道もガスも、止まってなんていなかった。
(もちろん心配してガスの元栓は閉じてあった)
被害はコップが7・8個。
驚いた。
携帯も固定電話もパンクして、10回に1度機能すればいいほうだった。
テレビをつければどのチャンネルも地震のニュースで、
10回に1度成功するメールの問い合わせでは、
県外の友達からの心配メールが続々と。
ただし返事も、10回に1度くらいしか送れなくて歯がゆかった。
平和に、呑気に、ご飯を食べてお風呂に入る。
そんな自分が嫌になった。
お風呂に入っていると弟が、
『島田さんから電話来たよ』とな。
お風呂からあがって、掛け直す。
10回どころか20回も30回も掛けて、ようやく繋がった。
『親父が帰ってきたよ』
お父さんの車は7人乗り。
『良かったねー、ノアの箱舟じゃない』
なんてバカなことを言いながら。
『明日どうする? 会社行くなら朝拾って行くけど』
『んー、とりあえず朝になって家の状況見てからにするわ。車はいつでも取りに行けるし』
『うん、気をつけてね』
電話を切って、寝た。
わたしの寝床はロフトで、
こんな非常時でもわたしはロフトで眠った。
ぐらり、ぐらりと、身体の下で家が揺れている気がした。
ぎしぎしと、本棚が震えてる音がした。
そんな中でも眠れてしまう自分に、後々わたしは自己嫌悪に陥る。



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