2005年8月25日


その訃報は、20日の土曜日、やってきた。
仕事中だったわたしの携帯が鳴って、
来月の展示会のご案内ＤＭとクーポンを封筒に詰めていく、
という、低賃金労働者的仕事をやっていた手を止めた。
電話は久しぶりのゆきえからだった。
『ねぇ、あんた聞いた？』
あぁ、これは訃報だ。と、ゆきえの声色から分かった。
『なに？』
『新田が、亡くなったんだって』
『・・・は？　いつ？』
ゆきえの話はこうだ。
金曜日の朝、新田は亡くなっていた。
第一発見者は、奥さんだった。
死因は不明。
『その話聞いたとき、殺されたのかと思ったよ』
と、ゆきえ。
ゆきえは、わたしに訃報を伝えたかったと言うよりも、
葬儀に参列するか否かを聞きたかったようだ。
それから、同級生有志で香典を集めるのか否かを。
中学校卒業以来連絡も取っていないわけで、
成人式の時だって顔を見かけた程度。
仕事もあったので、参列は辞退した。

その前日、会社からの帰り道に、猫の死体があった。
十字路の真ん中に。
昔からわたしは、その類が放っておけない。
湿ったアスファルトの上で、またいつ車に轢かれるかも分からない場所に、
そのまま放置しておくことが出来ないのだ。
その日もわたしは途中で車を止めて、
猫を路肩に寄せた。
まだ硬直も始まっておらず、温かかった。

新田とは、小学校・中学校の９年間を同じ校舎で過ごし、
だけど同じクラスになったのは中学３年の１度きりだった。
わたしの通っていた中学校はその頃荒れていて、
後に言われることは、わたしたちの代から良くなりつつあったそうだ。
入学してすぐ、新田が上級生から集団リンチに遭った。
そういうことが実際にある学校だった。
わたしの中の新田の記憶は、そこから始まったように思う。
上級生からの手荒な歓迎は、彼をその道に進ませて、
(いや、むしろ彼は、荒れるべくして荒れて行ったのだろうが)
学校も休みがちだった。
中学３年になって、何故かわたしは彼の隣の席になることが多かった。
彼は人懐っこく、わたしの授業妨害をした。
それでもわたしの成績は下がらなかったので、先生たちは注意もせず、
わたしは新田のお守り役だった。
興味がある授業では、よくわたしのノートを読んで、質問してきた。
その分、わたしのノートに落書きもした。
女の子みたいな字を書く子だった。
寝ていたかと思えば、次の授業では日本酒を飲んでいた。
先生が近づいてくるたびにどきどきするわたし。
結局気付かなかった先生をふたりで笑った。
仲が良かった。たぶん。
だから、彼の彼女からは疎まれた。
彼は同級生の何人かに手を出したという噂もあった。
中学３年の体育祭で、わたしは衣装係になった。
面白がったクラスメイトが新田を衣装長に仕立て上げ、
わたしたち女子からはブーイングが起きた。
新田衣装長は想像通り何もしなかったので、残りのメンバーで仕事を進めた。
夏休みに入って、突然新田から電話がかかってくる。
衣装が彼なりに、心配だったらしい。
わたしは彼の家に、作りかけの衣装を持って自転車で行った。
暑い暑い、夏の日だった。
彼の部屋は暗く、工事現場で点滅してる赤色灯があった。
盗んできたんだそうだ。
衣装を広げて説明していると、彼がわたしの胸に触れた。
偶然触れてしまったのではない。
触れてきたのだ。
彼は笑って、わたしの胸のサイズを当てた。
ピッタリだった。
そんなこと、初めてだった。
そのときはまだ、わたしは何も知らない、子供だった。

新田のことを思い出そうとすると、この出来事が付いてくる。
今になって思う。
彼は、みんなより何歩も早く、大人になってしまったんだ、と。
だからみんなより何歩も早く、死んでしまったんだ、と。

昨日、団長から夜中に電話がかかってきた。
やっぱり彼は酔っ払って歩く帰り道に電話してきて、
やっぱり途中で道路に座り込んだ。
『新田の家に行ったよ』
と、団長。
中学時代、ふたりは仲が良く、悪かった。
『何で亡くなったか、聞いた？』
『ううん』
『あいつ、喘息持ちだったじゃん』
『・・・あぁ』
彼が喘息持ちだったことを不意に思い出して、
その途端それにまつわる思い出が一気に流れ込んできて、苦しくなって息を吐いた。
『肺が停止して、そのまま、だったみたい。朝、お父さんが見つけたときには冷たかったって』
『じゃぁ・・・苦しかったろうね』
『いや、苦しくなんてないみたいだ。一瞬だったんじゃないかな。
眠ってるみたいな顔してたって、お母さんが言ってた』

わたしが新田と仲が良かったのは、中学時代の１年間だけだ。
その後わたしは高校生になって、新田は働き始めた。
わたしが彼について語れる話は少なすぎるし、
あの夏、新田がわたしの胸に触れたことも人には言えない。
だからここで、祈る。
生き急ぎすぎたあなたが、ゆっくりと眠れることを。