機 械 人 形 <ドール>





永遠に不変のものが 何より美しいと思っていた。  



 起きる時間は決まっている。
 目覚めてまずすることも、次にすることも、その次にすることも。寸分の狂いもなく。
「おはようございます、旦那さま」
「アリス」
 ベッドの脇に佇む影が昨日と少しも変わらぬ角度でお辞儀を返す。
 かちりと音がしそうなほど型にはまった動作だった。触れれば柔らかい茶褐色の髪はきちんと後ろにまとめられ、動いても絶対にその形を崩したりはしない。 靴先まで覆い隠す濃い紫色のドレスも、モスリンの肩掛けも、何ら変わることはない。
 朝日に照らされる頬が、暖かい色に染まっていた。
 ―― 生きている。やはりあの事は夢だったのだ。
「アリス」
 思わず手を伸ばして触れた頬は、冬の湖より冷たく鉄のように堅かった。彼女の整った容貌はぴくりとも動かない。
「おはようございます、旦那さま」
 彼の予定外の行動に、回路に混乱が生じたのか、彼女は先程と全く同じ台詞を同じ口調でくりかえした。
 彼女は組み込まれた言葉にしか対応できない。
 ああ、そうか。
「おはよう、アリス」
 彼はようやく言わなければならないその記号を口にした。彼女は上手に笑いを浮かべると、またお辞儀をして部屋を出て行った。
 アリスは彼の妻だ。正確には彼の妻だった女性だ。
 アリスが彼の前からいなくなってからもう何年にもなる。
 今部屋を出て行った彼女は、アリスによく似せた機械人形<ドール>だった。


 彼は着替えをすませると、朝食をとるために階下へと足を運んだ。
 食堂の長いテーブルにはきちんと食事の支度がされており、脇にはすでにアリスが佇んでいた。壁際には他の者たちがかしこまって控えている。一度止まれば、次の言葉がくるまでことりとも動かない。彼等にはそれぞれの仕事が決まっている。
 脇で黒服を着こなしている執事もドールなら、料理を作るコックもドール、メイドもドールだ。
「いい朝ですな、旦那さま」
 長いテーブルで、彼の正反対の席についた老人が愛想のいい顔をくしゃりと歪めて言った。 この屋敷で唯一の、彼の人間の話し相手である。彼は村で最も腕の優れた技師であり、屋敷に住み込みでここのドールたちの調整を行っている人物でもあった。 彼の弟子である若い職人が数名、同じく住み込みで働いてはいるが、別棟で寝食をとるため、こちらにはほとんど顔を出さない。
「村ではじきに祭りがあるそうです。旦那さまも見物に行かれては如何ですかな。面白いものでも見られましょう」
 老技師は食事中、時々饒舌になり、大抵寡黙である。彼はそのたびに相槌をうったりうたなかったりする。
「β、今日の空模様は」
 彼は片側に佇む若い男のドールを呼び寄せた。ドールは一日の雲の動きを抑揚のない声で読み上げる。彼は常に天候を観測し、記録から割り出して報告するためだけのドールである。 屋敷にはそのようなドールも多く存在した。ドールが金持ちの道楽だと言われる所以はそのあたりにある。
「β、私は明後日所用で出掛けなければならないのだが、その日はどうだろう。お前はどう思う?」
 ドールはしばらく動きを止めて、抑揚のない声を発した。
「申し訳ございません、旦那さま。その質問にはお答えできません」
 ドールは応用が利かない。組み込まれた質問に、組み込まれた選択肢しか持たない。当てはまらない質問には常にこうして答えを返した。
「旦那さま、それはドールには酷な問いかけですわい」
「そうだろうか」
 笑いながら技師に言われても、彼には酷な質問とそうでない質問の区別がよくわからない。 技師の造るドールは精巧で、時に本物の人のように振る舞うため、この程度の問いかけなら答えられるだろうと思ってしまうのだ。
 殊にアリスに関してはそうだ。アリスは彼の身の周りの雑事を補う役を任されており、同時に博識な話し相手も務める。その点、他のドールよりは格段に言葉の理解度が高く、幅も広かった。
 彼は、週のほとんどを屋敷内で過ごすが、どこに行く際も必ずアリスを伴った。
 村の者たちから変わり者と噂されていることは知っている。ドールを飾り立てるなど粋狂なことだと親戚連中が陰で笑っていることも知っている。しかし、彼はアリスに瞳の色と同じ宝石を贈った。永遠に変わらず傍にいておくれと誓いの言葉を贈った。
 彼にとって、アリスは他の何者とも違う、特別な存在であった。 アリスと過ごす毎日が、彼にとっての不変であった。


 不変なはずの毎日に小さなひずみが入ったのは、祭りも近づいたある日の午後のことだった。




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