2004年3月7日


温泉は楽しかった。
幸せだった。
わたしもけんじくんも、まさか実現するとは思っていなくて、
だからこそ、嬉しくて幸せな時間だった。

貸し切り露天風呂で、ふたりきり。
ちらちらと粉雪が舞って、
本当に、夢みたいだった。
旅館のひとにも、
『旦那さん、顔つるつるですね(笑)』
なんて言われて、ふたり照れ笑い。

ゴハンをたらふく食べて、飲んで、
『一生忘れないよ』
って指切りして。
わたしも彼も、これから先、お互いよりも好きな相手が見つかるだろうことは予想してる。
それでも今は、このひとしかいないって信じたかった。

あぁ、書き忘れるところだった。
ネックレス、渡しました。
サプライズ大作戦。
温泉に入る前、いつも付けてるシルバーのネックレスを外して、
温泉を出たら、タオルを置きに部屋へ戻ったついでに、買ったネックレスを付ける。
わたしのも、けんじくんのも。
で、ゴハン。
ふたりで向かい合って、食べ始めたとき。
『あれ? そんなん付けてたっけ??』
と、けんじくん。
『よくぞ気付いてくれました(笑)』
と、わたし。
『ホラ』
と、胸元からけんじくん用のネックレスを出すと、
『え、なに? くれるの?』
って。
感動してくれた。
『大切にするよ』
どうか一生外さないでいて。

部屋でふたり飲んでいたら、
やっぱりけんじくんは睡魔に襲われて。
こたつで寝てしまいそうだったので、布団へ。
『初めからやり直そう?』
そう言ったわたしに、
『やり直したいよ。でも、これが現実なんだよな』
わたしだってわかってる。
これが最後の旅行。
最初で最後の旅行。

けんじくんが熟睡してしまったので、
真夜中ひとりで温泉へ。
貸し切り露天風呂をひとりで満喫。
幸せ。
いっそここで溺れ死んでしまいたいと思った。
部屋に戻っても相変わらずけんじくんは熟睡中。
ひとりで飲んでも、ちっとも眠くならなくて、
ぼーっと深夜のテレビショッピングなんかを観て。
布団に潜り込んでも、眠くならない。
けんじくんの布団に潜り込む。
寝息に合わせて呼吸して、眠気を呼ぼうとしても叶わない。
ふっと魔が差して、またもけんじくんの携帯を見ようかと思ってしまった。
いけない。いけない。
この旅行を、悪いものに変えてはいけない。
うだうだとしていたら、けんじくんが目を覚ます。
『眠れない』
と呟いたわたしに、腕枕を貸してくれた。
この腕枕で熟睡できるのもきっと最後。
気付いたら寝ていた。
イビキまでかいて。(翌朝のけんじくんの話から推測)

朝。
ふたり目を覚ますと8時。
8時朝食なので、急いでゴハン。
その後は温泉。
バタバタと準備をして、10時チェックアウト。
オートバックスで車内用の芳香剤を買って、
『パチンコやりたい』
というけんじくんに付き合わされて、パチンコ。
見事に勝って、お昼は念願の海老フライ。
付き合ってる頃、パチンコで大負けして食べ損ねた海老フライ。
けんじくんは今日、用があるから早く帰らなきゃいけないと言っていて、
わたしはそれが嫌で、軽く立腹していたんだけど、
ゴハン屋さんに着くなり、メールをするけんじくん。
まいこちゃんに?なんて例の如く怪んでいるわたしに、
『なに怒ってんの?』
と、彼。
『なんか腑に落ちないことでも?』
そう言われて、言った。
『腑に落ちないことなんて山ほどあるよ』
言い出したら止まらないのは性分。
『他に女がいるんでしょ。
そう考えれば振られた理由もそれだって、納得できる。
そうじゃないなら、
会えなくなるから別れるって理由は、別れた後もこうして会ってる以上、納得できない』
『それはバイトの目処が立たないからで』
『だって、会えるならヨリ戻したって良かったじゃない。
それを拒んだことも腑に落ちない』
『ヨリ戻しても結局別れただろ。そんな思い2度も味わいたくない』
『あの時ヨリを戻していたら、わたしはナガノに残る道を選んでた』
捲し立ても性分。
『それに、わたしがけんじくんに会えるかどうかがその日になってみないとわからない、ってもの腑に落ちない。
わたしが前もって日を決めても、その時になってみないとわからない、とか言うでしょ。
それって、わたし以外の誰かの予定優先ってことじゃん』
『何が言いたいんだよ』
『他に女がいるなら、全部納得できるもん』
少しの間の後、
『せっかく楽しい旅行なのにケンカなんてするなよ』
と、伝票を持って席を立ってしまった。
追い掛けて車に乗り込む。
何も話さないわたしに、
『何にも話さない気?』
と。
『本当のこと言うまでは話してやらない』
これがいい機会だと思った。
今日聞けなければ、またはぐらかされてわたしは何も知れない。
無言のまま車はナガノに戻った。
突然、公園で停まる。
付き合ってる頃ふたりで来たことのある公園。
それでわたしの機嫌が直ると思ったら大間違い。
何も話さないわたしの手を引いて、結局公園をうろついて車へ。
もうすぐわたしのアパート。
先に口を開いたのは彼だった。
『このまま何も話さないの?』
『彼女がいるならいるって認めればいいじゃない』
『だから言ってるじゃねーか。女なんていっぱいいるって』
『それは逃げでしょ』
『じゃぁ何人いる、って言えば納得するのかよ?』
『あぁ、言えるもんなら言ってみなよ』
『・・・3人・・・いや、2,5人・・・』
びっくりした。
『つーか、“,5”って何よ?』
『微妙なんだよ』
『わたしを除いて、2,5人?』
『そう』
『じゃぁ3,5股かけてたんだ』
軽蔑の念がふつふつと浮かんで、なんでわたしはこんな男のために頑張ってるんだろう、そう思った。
憎い、とすら。
アパートに着いて、駐車。
彼を部屋に招く。
今まで騙されてたことに腹が立って仕方なくて、手も足も上げた。
何だか彼にも殴られて蹴られてしまったので、余計に腹が立ってもう取っ組み合いのケンカ状態。

結局こういうことだった。
彼にはわたしを含めて3,5人の女がいる。
その3,5人の全てを彼は好きで、
多分その中には“イチバン”がいるんだろうけど、彼は決してわたしを“イチバン”だとは言わなかった。
でも、一緒にいたいのはわたしだと言った。
部屋に上がって会うのは、わたしぐらいだと言った。
他のひとたちとは外で会うことがほとんどで、彼はそれを
『俺の他に男がいるかも知れないから』
だと言った。
他のひとたちと会っていてわたしを思い出すこともあれば、
もちろん逆に、わたしと会っているときに他のひとを思い出すこともあるようだ。
エッチする頻度が一番高いのはわたしらしい。
彼の本当の居場所はわたしのところらしい。
他のひとたちがわたしのようにどこか遠くへ行くようなことになっても、
わたしに対してのように“忘れないよ”とは言わないらしい。
けんじくんの友達がわたしをまだ彼女だと思っていた件は、けんじくんが周りに、わたしを好きだと言う話を吹聴していたから、らしい。
もちろん友達は他の女の存在も知っているらしい。
他のひとと寝ていて、わたしの名前を寝言で言って殴られたことがあるらしい。
疑惑のまいこちゃんももちろん、その2,5人の中にいるらしい。(名前は確かめていないが)

バカだと言われるかも知れないけど、
話を聞き始めたときに生まれた軽蔑や憎しみは、話しているうちに薄れてしまった。
初めは彼を、ひどい言葉でなじった。
でも、なじっても傷つけても、好きだった。
心から憎めなかった。
悔しい。
『俺はお前のことが好きなんだからいいじゃねぇか』
ずるいし、ひどい。
だけど、わたしも彼を好きなんだからそれでいいような気がしてしまったのだ。
バカだってわかってる。
でも好きなんだもん。
好きで好きでしょうがないんだ。

『行かなくていいの?』
今日の約束は本当に男友達だったらしい。
『俺がここにいたいんだからいいだろ』
と言って、結局4時近くまで一緒にいてくれた。
見送りのとき、
『わたし、他の2,5人の彼女たちよりも、絶対けんじくんのこと好きだよ』
と言ったわたしに、
『俺は、お前が実家に戻ったら言い寄ってくる男の何千倍も何万倍も、お前が好きだよ』
と言ってくれた。

でも、ショックだった。
わたしがけんじくんを好きなことは変わらないし、状況も変わっていないのに、
何かが水面下で動いたような、そんなひやりとした不安や恐怖を感じていた。
りさに『会えない?』とメールするとすぐに飛んで来てくれた。
友達の存在には感謝する。
りさが、
『そのうちけんじくんは、あずみだけになるんじゃない?』
なんて言ってくれたけど、
その可能性は3,5人のみんなに平等にある。

結局彼はわがままで利己的で自己中心的な、最低男だった。

ミカちゃんを交え、3人でカラオケ。
調子に乗って悲しい歌ばっかり歌ってたら本当に悲しくなって、
けんじくんにメールした。
『正直に話してくれて嬉しかった。ありがと。
温泉もすごく楽しかった。幸せでした。ありがと』
と。
返事は期待していなかったのに、来た。
『俺も楽しかったよ。
俺はお前がスキだよ』

何も変わらない。
けんじくんは明日もまた普通に、電話をくれるだろう。



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